皆さんは、「人日の節句」という行事をご存知でしょうか。
「端午の節句(たんごのせっく)」は聞いたことがあっても、「人日の節句」というのはあまり耳にしませんよね。
しかし、現在も広く行われている風習で、七草と言えば分かる方も多いのではないでしょうか。
そこで、この記事では、
- 人日の節句の意味
- 人日の節句の由来と食べ物
- 人日の節句はなぜ1月7日?
- 七草粥に用いる春の七草とは
- 人日の節句の行事
について解説・紹介していきます。
人日の節句の意味とは
「人日の節句(じんじつのせっく)」とは、
『1月7日に一年の健康を祈る日』のことで、春の七草を使った「七草粥(ななくさがゆ)」を食べて無病息災を祈ることから、「七草の節句(ななくさのせっく)」とも呼ばれています。
2023年(令和5年)の七草の節句は、1月7日(土)になります。
そもそも、「節句」とは、季節の節目となる日のことです。
江戸時代には人日の節句を含め、「五節句(ごせっく)」と呼ばれる5つの節句が公的な行事として定められていました。
明治6年に「五節句」は廃止されてしまいましたが、現在も昔からの風習として行われています。
五節句とは?
下記の5つの節句が「五節句」となります。
- 1月7日
【人日の節句】(じんじつのせっく) - 3月3日
【上巳の節句】(じょうしのせっく) - 5月5日
【端午の節句】(たんごのせっく) - 7月7日
【七夕の節句】(しちせきのせっく) - 9月9日
【重陽の節句】(ちょうようのせっく)
五節句の日付を見て気づく方もいらしゃると思いますが、人日の節句を除く全ての節句が「奇数が重なる日」になっていますね。
これは、中国から伝わった「陰陽五行思想(いんようごじょうしそう)」という考えを基に定められています。
「陰陽五行思想」というのは、
『この世のすべての物は、木・火・土・金・水の5つの元素と、陰と陽からできている』という考えのことを言います。
「陰陽五行思想」では、奇数は「陽数」として縁起が良いと考えられ、偶数は「陰数」として縁起が悪いとされていました。
そのため、『奇数が重なる日は陰になりやすい』と考えられたことから、奇数の重なる日には「邪気を払うための行事」が行われるようになったと言われています。
11月11日の節句が無いのはなぜ?
ちなみに、11月11日も奇数が重なる日なのに、なぜ節句が無いのかというと、中国では奇数の最大の数が『9』とされていたからだと言われています。
「9」は陽数の極みであり、9月9日が陽数が重なる最大の日であったことから、9を越える数は1~9の繰り返しとしてあまり重要視されていなかったようです。
人日の節句の由来と行事食
ところで、「人日の節句」だけ奇数の重なる「1月1日」ではなく、なぜ「1月7日」なのか疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
これは、1月1日は年が変わるという別格扱いの日であったため、代わりに1月7日に行われていた中国のある風習から定められたことが理由のようです。
人日の節句が1月7日の理由
昔の中国では、
1月1日は「鶏の日」
1月2日は「犬の日」
1月3日は「猪(豚)の日」
1月4日は「羊の日」
1月5日は「牛の日」
1月6日は「馬の日」
1月7日は「人の日」
として、その日にはその動物を殺さない日としていたそうです。
1月7日の「人の日」においては、犯罪者を処罰しない日となっていました。
また、1月7日には、正月の豪華な食事やお酒で弱った胃を休めるため、『七種菜羹(しちしゅのさいこう)』と呼ばれる7種類の野菜を入れた羹(あつもの)を食べて一年の無病息災を祈る風習があったとされています。
※羹とは、とろみのある熱いスープのことです。
そして日本では、1月の最初の「子(ね)の日」に『若菜摘み』と呼ばれる行事が行われていて、雪の間から出た新芽を摘んで食べることで、その生命力にあやかろうとした風習があったとされています。
この日本の風習と中国の風習が結びついた結果、1月7日が「人日の節句」となり、七草粥を食べて無病息災を祈る風習が生まれたと言われています。
人日の節句の食べ物「七草粥」の歴史
平安時代の朝廷では、
『お米・粟(あわ)・稗(ひえ)・黍(きび)・葟(みの)・胡麻(ごま)・小豆(あずき)』の7種類を入れた「餅粥(もちがゆ)」と呼ばれるお粥が食べられていたようです。
その後、7種類の野菜を入れるように変わっていったようですが、現在の七草に定まるまでは様々な組み合わせがあったと言われています。
現在の七草が初めて登場したのは、1362年頃の室町時代初期に成立した源氏物語の注釈書(ちゅうしゃくしょ)である『河海抄(かかいしょう)』だとされており、七草は『薺(なずな) 繁縷(はこべら) 芹(せり) 菁(すずな) 御形(ごぎょう) 酒々代(すずしろ) 佛座(ほとけのざ)』と記されています。
有名な覚え方としては、
『せり なずな/ごぎょう はこべら/ほとけのざ/すずな すずしろ/これぞ七草』という5・7・5・7・7調の和歌での覚え方で、歌の作者は不明とされていますが、歌が作られたことで春の七草が定着し、広まったようです。
七草粥の「春の七草」の紹介
それでは、七草粥に入れる「春の七草」をご紹介します。
①芹(せり)
「セリ」は、セリ科の多年草で、水気の多い土地を好んで群生する湿地性植物になります。
シャキシャキとした食感と独特の爽やかな香りが特徴で、香り成分には、解熱・解毒の作用があるほか、胃腸を整える作用があると言われています。
また、別名「白根草(シロネグサ)」とも呼ばれており、真っ白な根がとても美味しいのだそうです。
※根は、ほろ苦い味と強い香りが特徴とされていますので、大人向けの味です。
見た目は三つ葉とよく似ていますが、三つ葉は一本の細い茎の先端に三枚の葉がつくのに対し、セリは一本の茎から左右に葉軸が伸び、羽状に葉が複数ついています。
ちなみに、有毒な「ドクゼリ」がセリと間違えられることもありますので、注意が必要です。
ドクゼリはセリよりも背丈が高く、茎の根元が太くてたけのこ状になっているのが特徴で、香りもほとんどしないと言われています。
同じ場所に一緒に生えていることもあるようなので、立派なセリだと勘違いして収穫しないよう気をつけてください。
②薺(なずな)
「ナズナ」は、「ぺんぺん草」や「三味線草(しゃみせんぐさ)」とも呼ばれている、アブラナ科ナズナ属の越年生植物(えつねんせいしょくぶつ)になります。
越年生植物とは、秋に発芽して冬を越し、春に開花・結実して枯れてしまう植物のことです。
花が咲くと茎や葉が固くなってしまうナズナですが、「ロゼット」と呼ばれる円状に地面に広がるようにして生える若葉の頃は葉が柔らかく、美味しく食べることができます。
ナズナには、ビタミンK・ビタミンC・ビタミンAのほか、葉酸や鉄分が豊富に含まれているため、貧血予防や免疫力の向上に効果があると言われています。
③御形(ごぎょう・おぎょう)
「御形(ごきょう)」は、現在は「ハハコグサ(母子草)」と呼ばれており、キク科ハハコグサ属の越年生植物になります。
日当たりの良い場所で見つけることができ、春になると黄色く丸みのある小さな花を咲かせます。
ハハコグサの特徴としては、茎や葉の全体が細かな白い毛で覆われていることです。
七草として用いる場合は、ロゼット状の若苗を採取して使用します。昔はハハコグサを餅に練り込んで「母子餅(草餅)」としても食べられていたそうです。
④繁縷(はこべら)
「繁縷(はこべら)」は、現在は「ハコベ」と呼ばれている、ナデシコ科ハコベ属の越年生植物になります。
※「アサシラゲ」や「ヒヨコグサ」と呼ばれることもあるようです。
ハコベは小鳥が大好物の植物だよ
「ハコベ」というのは、「コハコベ」や「ミドリハコベ」、「ウシハコベ」といったハコベ属の総称として用いられており、現在私達が七草粥に用いるものは、「コハコベ」と「ミドリハコベ」になります。
ハコベは10㎝~20㎝ほどの植物で、草質は柔らかく、白くて可愛らしい花をつけるのが特徴です。
食用として使用する場合は、まだ薄い緑色の若い茎葉を使用します。
また、花が付く頃の茎葉を干して乾燥させたものは、「繁縷(はんろう)」と呼ばれる生薬となり、すり潰して塩と混ぜたものは「ハコベ塩」と言い、歯槽膿漏(しそうのうろう)を防止する歯磨き粉として使用されてきました。
➄仏の座(ほとけのざ)
「仏の座(ほとけのざ)」は、現在「コオニタビラコ(小鬼田平子)」と呼ばれている、キク科ヤブタビラコ属の越年生植物になります。
注意しなけらばならないこととして、七草とは関係がない植物ですが、「ホトケノザ」という同一名のシソ科オドリコソウ属の越年生植物がありますので、そちらと間違えないように注意してください。
※花の蜜は吸えますが、食用ではありません。
コオニタビラコは、10㎝ほどの小さな植物で、湿地を好む性質があるため、田んぼの周辺やあぜ道で見つけることができ、春には黄色い小さな花を咲かせます。
一見小さなたんぽぽのように見えますが、葉先は丸みをおびており、葉のうらに毛を持たないのが特徴です。
大変見分けにくい植物では、「ヤブタビラコ」が挙げられますが、ヤブタビラコの葉の裏には細かな毛が生えています。
➅菘(すずな)
菘(すずな)は、「カブ(蕪)」の別名で、他にも「カブラ」・「カブナ」・「カブラナ」・「ホウサイ」などと呼ばれています。
七草粥用としてセットで売られているものでは、小さなカブが入っていますが、あれは成長途中のカブであったり、大きくなりきれなかったカブであったりするようです。
カブは、アブラナ科アブラナ属の越年生植物で、春と秋の年に2回旬を迎えます。
カブにはビタミンC・ビタミンB1・B2・B6のほか、カリウムやβカロテン、アミラーゼなどの栄養素が豊富に含まれているため、胃腸の消化吸収を助け、免疫力の向上や疲労回復に効果があると言われています。
また、カブの葉には特に葉酸や鉄分が多く含まれているため、貧血予防に効果が期待できます。
⑦蘿蔔(すずしろ)
蘿蔔(すずしろ)は、「大根(だいこん)」の別名で、アブラナ科ダイコン属の越年生植物になります。
よく流通している「青首大根」の旬は12月~2月と言われており、甘みがあってみずみずしいのが特徴です。
大根には、ビタミンA・ビタミンCのほか、ジアスターゼやアミラーゼといった消化酵素が多く含まれているため、消化吸収を助けると共に、整腸作用があると言われています。
特に、皮と葉に栄養があるため、皮と葉も一緒にいただくようにしましょう。
皮は固くて食べれないのでは?と心配になる方もいらっしゃると思いますが、七草粥用として販売されている小さな大根は成長途中の大根になりますので、皮も薄くて柔らかく、美味しくいただくことができます。
七草粥を作る際の囃子唄
ちなみに、七草粥は、1月6日の夜に七草をまな板の上に置いて「囃子唄(はやしうた)」を歌いながら包丁で叩き、翌朝1月7日の朝にお粥に入れて食べる行事であったようです。
「囃子唄」とは、動作をにぎやかにはやしたてる音楽や言葉のことで、七草を刻み、包丁で叩く際には、
『七草なずな 唐土(とうど)の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントントン ストトントントン』と歌っていたとされています。
※地域によって歌詞は若干違うようです。
この歌の意味としては、小正月(1月15日)の『鳥追い(とりおい)』の行事で歌われていた「鳥追い歌」に由来するものと言われ、疫病を運んでくるとされる鳥を追い払うことで『一年の無病息災を願う』意味があったのではと考えられています。
「鳥追い」の行事というのは、子供達が鳥追い歌を歌いながら、棒や杓子(しゃくし)で鳥を追い払う真似をしながら村を周る行事で、田畑を害鳥から守り、豊作を祈る意味があると言われています。
江戸時代には「包丁」のほかに、「薪(まき)・火箸(ひばし)・すりこぎ・杓子・銅杓子・菜箸(さいばし)」といった調理に使う道具を7種類集め、その年の恵方を向いて6日の夜と7日の明け方に、それぞれ7回ずつの計49回叩くのが基本であったようです。
人日の節句の行事『七草爪』とは
人日の節句には「七草粥」の行事以外にも、『七草爪(ななくさづめ)』という風習があります。
※「七日爪(なのかづめ)」や「菜爪(なつめ)」とも呼ばれています。
「七草爪」は、新年になり初めて爪を切る日のことで、1月7日に七草を茹でた汁に指を浸して爪を柔らかくして切ると、邪気を払うことができ、『その年は風邪を引かない』と言われていました。
また、「七草爪」を行うと、日を選ばずにいつ爪を切っても良いとされていたようです。
なぜ1月7日に爪を切る?
ところで、なぜ1月7日に爪を切るのかというと、1月7日の松の内(まつのうち)で歳神様が各家庭から天にお戻りになり、正月が終わると考えられていたからになります。
※地域によって松の内の期間は違います。
松の内については、下記の「松の内の意味とは?」の記事で詳しく解説していますので、よろしければご覧ください。
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昔は正月の期間に刃物を使うと、良縁まで切ってしまうと言われていたため、正月の間は刃物を使うことを避ける傾向がありました。
そのため、爪を切る場合も小刀や鑿(ノミ)といった刃物を使用していたことから、松の内が終わる1月7日が爪を切る日となったのだそうです。
また、昔は『血』=『穢(けが)れ』と考えられていた時代であり、神様は穢れを嫌うとされていました。
それにより、刃物で誤って指をケガしてしまい、血で正月を穢してしまうのは絶対に避けなければならなかったため、神様が帰る日までは爪を切ることはしなかったことが理由とされています。
まとめ:人日の節句は、七草粥を食べて一年の無病息災を祈る日
- 人日の節句は毎年1月7日で、五節句の一つだった
- 人日の節句の由来は、中国の「人の日」と「七種菜羹(しちしゅのさいこう)」の風習と日本の「若菜摘み」の風習が合わさったもの
- 七草粥に入れる春の七草は、 芹 ・ 薺 ・ 御形 (ハハコグサ)・ 繁縷 (ハコベ)・ 仏の座 (コオニタビラコ)・ 菘 (カブ)・ 蘿蔔 (大根)の7種類
- 七草粥を作る際は、
囃子唄 を歌う風習があり、無病息災を祈る意味があると考えられている - 人日の節句には、「七草爪」と呼ばれる新年に初めて爪を切る風習がある
いかがでしたでしょうか。
人日の節句は江戸時代に定められていた年中行事の一つで、七草粥には正月に疲れた胃の調子を整えると共に、一年の無病息災を祈る意味があることが分かりました。
ちなみに、昔は「七草」と言えば、『秋の七草』のことを指していたそうです。
秋の七草は、
①萩(はぎ)
②桔梗(ききょう)
③葛(くず)
④女郎花(おみなえし)
⑤尾花(おばな)※ススキのことです。
➅撫子(なでしこ)
⑦藤袴(ふじばかま)
になります。
秋の七草は、秋に観て楽しむ観賞用として選出された植物であったことから、昔から短歌や俳句の題材としてよく用いられてきたようです。
また、夏の七草や冬の七草といったものも存在するようですが、近年に選ばれたものとされており、夏の七草はいくつかパターンが存在したり、冬の七草は食べ物であったりしています。
現在では、あまり野草と触れ合う機会がないという人が多いと思いますので、ぜひ人日の節句の頃には野生の七草を探してみてはいかがでしょうか。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。