相撲はいつから始まった?起源や歴史について解説!

うさぎとカエルの相撲の絵

相撲は、日本の国技と言われるほど、日本人にとって深く親しまれてきた伝統文化の1つですよね。最近では「スー女」と呼ばれる相撲好き女子が人気になっていますが、この歴史ある相撲がいつから始まったのかご存じでしょうか?

また相撲には、長い歴史のもと形成された、多くの相撲特有の文化がありますが、なぜそのような文化が根付いたのかなど、深くご存じの方は多くはないですよね。

そこで今回は、相撲の起源からその歴史、かつては存在した女相撲、力士が塩を撒く理由、世界の相撲文化についてまとめました。

相撲はいつから?起源とその歴史

お相撲さんのイラスト

相撲の起源は非常に古く、正確には分かってはいませんが、最古の記録として西暦712年の古事記には、相撲の元となったとされる〈国譲り神話〉に「力くらべ」と記述があります。

また、古墳時代の遺跡から相撲と思われる様子を描いた土器や、力士型埴輪なども発見されています。

奈良時代から平安時代の間には宮中行事として、相撲を観覧する相撲節会(すまひのせちえ)が行われており、相撲は、娯楽だけのものではなくなり、宮中警護人の選抜という役割を持つものへと変化していきました。

戦国時代から相撲の職業化

戦国時代には武士の力自慢・鍛錬としても相撲が行われ、各地の力自慢を集めて相撲を取らせ、その中で勝ち抜いたものを家臣として迎え入れることもありました。

相撲を職業とする者が現れ始めたのもこの頃からです。

現代の地方への巡業を伴う相撲は、1600年代に始まった勧進相撲(かんじんすもう)が元になっており、戦国時代が終わりを迎え、家臣を選び出すという目的がなくなった相撲の目的が変化していったものとされています。

勧進相撲とは、寺社などの建立、修築資金を募る目的で行う相撲のことで、今で言うチャリティーライブに似ていますね!

明治時代、相撲文化の危機

明治時代には欧米列強の仲間入りを果すため、裸体禁止令が制定され、相撲は非文明的という批判によって廃れかけましたが、明治政府への協力や天皇陛下が観戦される天覧相撲の開催で相撲人気は高まっていきました。

1909年(明治42年)に国技館が完成し、1925年(大正14年)には優勝制度が確立されました。

現在の日本相撲協会は1925年に東京大角力協会としてスタートし、1927年には大阪相撲協会が合流、1928年には日本相撲協会と改称して現在の相撲協会となりました。

これ以前は日本各地に相撲団体があり、江戸、大阪、京都が有力な団体でした。

江戸時代までは女相撲も盛んだった

現在では女人禁制と言われている相撲ですが、記録として(西暦469年頃)日本書記女性が相撲を取った様が書かれています。

ただし、この年代では相撲の優勝制度などはなく、取り組みを見て楽しむことが主目的となっていて、神事とは別のものとされているようです。

江戸中期には、女相撲が興行として盛んに行われるようになり、女同士の取り組みや、盲人同士、または盲人と女性が取り組む座頭相撲(盲人力士と取り組む相撲)が行われていました。

次第に女性の興行相撲が人気になるに連れ、色気に寄った取り組みをする者も現れたため、開催場所であった神社から開催を拒否されることもあったようです。

女相撲は神事的な要素が低く、羊との取り組みまで行われたこともあるようで、エンターテイメントの要素がかなり高いものとなっていたのではないでしょうか。

女相撲も相撲と同じく明治時代の文明開化によって廃れていき、残っていったものもありましたが、興行としての趣が強いものだったようです。なお、現在の女子相撲は1996年に生まれたアマチュア競技で、女相撲の流れは汲んでいないものとなっています。

力士が塩をまく理由とは

塩を撒く稀勢の里関の写真

相撲の取り組みを観ていると、土俵入りする前に塩をパーッと撒く姿が印象的ですが、いつから塩を撒くようになったのかは、はっきりと分かってはいないようです。

日本では昔からには、「ものを清める」「浄化する」という力があると考えられていました。そのため土俵に塩をまくのは、「土俵上にある邪気を取り払い、怪我をせず取り組みを終えられますように・・・」という願いが込められているようです。

土俵は風水の四神などにちなんだ占いの場としても機能していた時代があり、元々相撲は、作物の実り勝敗で占うということが始まりとされています。

ちなみに、「はっけよい」のはっけは、当たるも八卦当たらぬも八卦のはっけからきているようです。

また、四股(しこ)を踏む動作にも、土を踏みしめることで、地に潜む邪気を払い、五穀豊穣・無病息災を願うという意味をもっています。

柄杓で水をくんで口をすすぐ動作も、「ちからみず」と呼ばれ、自分の体を清めているのです。このように、邪気を取り払うための塩は重要な役割を持っていたといえますね!

ちなみに、塩は仕切るごとに撒きますが、現在では十両以上の力士が塩を撒くことになっていて、力士によってまき方は異なるものとなっています。20世紀の名力士、水戸泉は豪快なフォームで大量の塩を撒いていたことも話題になっていました。

世界の相撲文化とは

世界各国の国旗

日本の国技と言われる相撲ですが、世界にも相撲文化はあるようです。

日本の相撲にはかつてはハワイ、現在でもモンゴルなどの海外から来た力士が活躍しており、日本人だけではない海外出身力士が闘う場となっていますが、海外でも相撲に近い競技の文化は存在していますので、いくつか紹介していきます!

シルム

朝鮮半島の格闘技で、組み合った状態からスタートし、土俵内の地に相手のひざ以上をつけた方が勝ちの競技。相撲のように押し出しという技はなく、土俵の外に出てしまうと無効となります。

シルムJAPAN公式サイトはこちらへ

ブフ

いわゆるモンゴル相撲です。土俵はなく、広い草原上で行われます。試合は相手を倒すまで行われ、制限時間はありません。相手の肘、ひざ、頭、背中、お尻のいずれかを地面につければ勝ちとなります。また、手が地面についても負けとはなりません。

ヤールギュレシ

トルコ共和国の伝統格闘技で、オイルレスリングとも呼ばれています。全身にオイーブオイルを塗り、クスベットと呼ばれる皮製のズボンをはいて戦います。2004年からポイント制が導入されていて、主な攻撃として相手の背中やお尻を地面につける、相手のズボンを脱がす・破る、相手を持ち上げて3歩以上歩くなどがあります。

シュヴィンゲン

スイスの伝統格闘技で、シュヴィングホーセと呼ばれる皮の持ち手の付いた短パンをはき、おがくずを敷き詰めた土俵上で戦います。ルールはシンプルで、相手の肩甲骨か背中をつけた方が勝ちです。

日本の相撲のように、土俵から出たら負けというのは世界の相撲からすると、珍しいルールとなっているところには驚きですね!

ちなみに、トルコやウズベキスタンなどにも相撲に似た競技はありますが、ヨーロッパの西側やロシア、アフリカ大陸、アメリカ大陸などでは相撲に近い競技は発祥していないようです。

まとめ:古くから相撲には人々を惹きつける魅力がある!

相撲を取る人イラスト
  • 相撲の最も古い記録は、(西暦712年)古事記〈国譲り神話〉の「力くらべ」より
  • 江戸時代までは女性も相撲をとっていたが、神事的な要素はなかった
  • 世界にも相撲のような格闘技が数多く存在し、伝統文化となっている。

相撲は神事、格闘技としての面を持ち、独特の風習や文化を持って現在まで発展してきました。

力士の独自のルールや歴史、国際化など、相撲には奥深いテーマがたくさんあり、取り組み以外の世界も非常に深く広がっています。

実際に国技館へ行き、直接相撲を観戦すると、番付が上がっていくごとに迫力が増していくことが分かります。

また、国技館の敷地内には相撲教習所があり、教習所内の見学や、ちゃんこ鍋を食べることができる点も楽しいですよ!皆さんも一度訪れてみてはいかがでしょうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました。