悲惨な事故現場などには「野次馬」がつきものですが、皆さんはなぜ「野次馬」と言うのかをご存知でしょうか。
なんとなく使っていた「野次馬」の語源を知ると、少しびっくりするかもしれません。
また、「野次馬をしてしまう人の心理が知りたい」という方も多いようです。
そこで、この記事では、
- 野次馬の意味と語源
- 野次馬の使い方【例文】
- 野次馬の言い換え表現・類語
- 野次馬から生まれた言葉
- 野次馬をしてしまう人の心理とは
- 野次馬の英語表現
について解説・紹介していきます。
野次馬(弥次馬)の意味
まず、「野次馬(やじうま)」という言葉には、次のような意味があります。
- 『自分とは直接関係がないことに、興味本位で人の後ろについて騒ぎ立てたり、物見高(ものみだか)く見物したりすること、また、その行為者』
※物見高いは、何でも珍しがって見たがる性質=強い好奇心のことです。 - 『気性の荒い馬・老馬』
野次馬は「弥次馬」と書くこともありますが、どちらも当て字でとくに意味はありません。
野次馬の由来(語源)とは
それにしても、なんで「やじうま」と言うのかな?
一説によると、「やじうま」は「おやじうま」の略称と言われているよ。
「野次馬」は、もともと「親父馬(おやじうま)」と言われていたものが、「やじうま」と言われるようになったという説があります。
「親父馬」とは、『年をとった雄馬』のことで、老いた馬は仕事に使えず役に立たないことから、その場にいても役に立たない存在という意味で「おやじうま」と言うようになったそうです。
また、人に懐(なつ)かず、騒(さわ)ぐばかりの気性の荒い馬も「役に立たない」ことから、「おやじうま」と呼ばれるようになり、そこから転じて無責任に騒ぎ立てる人のことも「おやじうま」と言うようになったと言われています。
「やじ」が「おやじ」だったなんて驚きだね!
野次馬の使い方【例文】
それでは、「野次馬」の使い方を例文で紹介します。
【例文1】
火が上がった家のまわりには、たくさんの野次馬が集まり写真を撮っていた。
【例文2】
野次馬になるのは恥ずかしい行為だと思いながらも、自分の好奇心には勝てなかった。
【例文3】
事故現場に集まった野次馬のせいで、救急搬送に遅れが生じるというのはあってはならないことだ。
野次馬の言い換え表現・類語
野次馬の言い換え表現・類語としては、次の言葉が当てはまります。
物事を見るために集まった人を意味する言葉
- 見物人(けんぶつにん)
- 傍観者(ぼうかんしゃ)
- 観衆(かんしゅう)
第三者の立場から興味本位で物事を眺めること
- 高みの見物(たかみのけんぶつ)
- 山門から喧嘩見る(さんもんからけんかみる)
- 好奇の眼差し(こうきのまなざし)
野次馬から生まれた言葉「ヤジ」
ちなみに、野次馬から「やじ(野次・弥次)」という言葉が生まれたと言われていますので、紹介します。
「やじ」とは、『他の人の言動に対して非難や冷やかしの言葉を浴びせる行為』のことです。
野次馬が無責任に発する声が由来となり、馬が省略されて用いられるようになったと言われています。
また、「やじ」を動詞化させて「野次る(やじる)」という言葉で用いられることもあります。
【例文】
野球観戦に行ったところ、激しく野次る大人に子供が怯えてしまい、もう帰りたいと泣き出してしまった。
野次を飛ばす
野次るは、「野次を飛ばす」とも言います。
また、「野次が飛ぶ」・「野次が飛び交(か)う」という言い回しで使われることもあります。
【例文1】
相手チームに野次を飛ばす行為は、スポーツマンシップに反する恥ずべき行為だ。
【例文2】
野次は議場の花と言われることもあるが、品の無い野次が飛び交う様子は大変見苦しいものに感じた。
野次の応酬
相手の野次に対して野次で応戦したり、互いに野次を飛ばし合ったりすることを『野次の応酬(おうしゅう)』と言います。
「応酬」とは、『相手の行為に報(むく)いる』ことを言い、
・互いにやり取りする
・相手の攻撃に対してやり返す
という意味があります。
【例文】
観客と選手の激しい野次の応酬で、試合は一時中断となった。
野次馬根性
「野次馬根性(やじうまこんじょう)」とは、『無責任で物見高い気質』のことを言います。
分かりやすく説明すると、
『好奇心が強く、自分に関係がないにもかかわらず無責任に興味本位だけで行動してしまう性質がある』ということです。
【例文】
その野次馬根性を仕事にもいかせば、出世も夢じゃないのになぁ。
野次馬をしてしまう心理とは
どうして人は野次馬してしまうんだろう。
野次馬をしてしまう人の心理としては、いくつかの理由が考えられるよ。
《野次馬をしてしまう人に考えられる8つの心理》
- 好奇心を抑えられない
- 探求心が強い
- 心配している
- 当事者意識が芽生えた
- 同調行動によるもの
- 面白がっている
- 高揚感が得られるから
- 話のネタにするため
1.好奇心を抑えられない
まず、野次馬になる大きな理由の一つとしては、『好奇心を抑えられない』ということが挙げられます。
好奇心とは、自分の知らないことや珍しいことに対して、強い関心や興味を持つことです。
例えば、歩いている途中で人だかりができていると、《何が起こっているのだろう…知りたい!》という感情が芽生えることがありますが、これは脳によって引き起こされる好奇心によるものです。
好奇心が強い・弱いは人によって様々で、ドーパミンの分泌量によって変わると言われており、ドーパミンの分泌量は20歳頃に最大になり、脳の老化によって減少すると言われています。
若い人ほど好奇心が旺盛(おうせい)ということだね。
ドーパミンは脳から分泌される神経伝達物質のことで、感情や意欲といった心の機能に大きく影響しています。
また、ドーパミンは快楽物質とも言われ、人に幸福や快感を与えてくれる幸せホルモンになりますが、欲求が満たされた時だけでなく「期待する状態」の時にも分泌されることが分かっています。
例えば、《明日好きな人とデートできる》と思うとワクワクすると思いますが、このワクワク感の正体はドーパミンです。
つまり、人だかりに混ざれば《有名人に会えるかも》・《珍しい瞬間に立ち会えるかも》といったワクワク感が強い場合、野次馬するのは恥かしいと思っていたとしても、自制心で行動を抑えられずに野次馬してしまうことになります。
2.探求心が強い
2つ目の理由としては、『探求心が強い』ということです。
探求心とは、ある物事を手に入れようと探し求める心のことを言います。
例えば、火事や事故が発生した現場に行き、そこに留まって一部始終を見届ける人は、《どうしてこのようなことが起きたのだろう》・《どうやって人を助けるのだろう》・《どのように現場検証するのだろう》など、様々な疑問が生まれて自分の目で確かめて納得するまでは気が済まない傾向にあります。
探求心が強い人は行動力があり、自分の興味があることに対してとことん追求できるという長所がある一方、夢中になりすぎて周囲が見えなくなるという一面があるため、なりふり構わず行動することによって、野次馬になってしまうことがあります。
3.心配している
3つ目の理由としては、『心配している』です。
近所で火災が発生した場合や、事故に遭遇した場合、《知っている人ではないか》・《火災が広がる危険はないか》・《事故に遭った人は大丈夫か》・《自分に手伝えることはないか》など、心配する気持ちが生まれます。
そのような気持ちで現場に訪れ、ただ見守るだけになってしまった場合、結果的に野次馬となってしまいます。
4.当事者意識が芽生えた
4つ目の理由としては、『当事者意識が芽生えた』です。
目の前で事故が発生した場合には、目撃者として当事者意識が芽生え、そのまま立ち去ることに対して抵抗を感じるという場合もあるのではないでしょうか。
《何もできないけれども、立ち去ることも非道な気がする・・・》
そのような場合も、ただ見守るだけになってしまい、野次馬となってしまいます。
事故に遭った人の立場としては、目撃者の証言は大変ありがたいことです。
ただ見守るだけでなく、警察に事故の状況を説明すると全容解明の手助けになりますので、積極的に協力することをオススメします。
5.同調行動によるもの
5つ目の理由としては、『同調行動』が働いた場合です。
同調行動とは、周囲の意見や行動に合わせて自分も同じように行動することを言います。
例えば、何か分からないにもかかわらず、《とりあえず皆が集まっているから行ってみよう》と思って行動したことはありませんか?
野次馬根性があるわけではなく、ただなんとなく皆が集まっているからという理由で同じ行動をとってしまうと、野次馬化してしまうことがあります。
6.面白がっている
6つ目の理由としては、『面白がっている』ことが考えられます。
例えば、殴り合いの喧嘩が始まった時に、知らない人が集まってきて「もっとやれ!」・「やり返せ」などと囃(はや)し立てている場合は、面白がっていると考えて良いでしょう。
また、「他人の不幸は蜜(みつ)の味」という言葉がありますが、人には他人の不幸を喜ぶ感情が生まれることが明らかにされています。
特に人を妬(ねた)みやすい人ほど、人の不幸が嬉しいと感じてしまう傾向にあるようですが、このような感情を抱いたとしてもその人が非情な人というわけではなく、多くの人が様々な要因によって他人の不幸を喜びと感じることがあると言われていますので、自分を責めることのないようにしてください。
とは言え、人の不幸を見るために野次馬になるのはモラルに欠けた行動であり、ましてや被害者をスマホで撮影して拡散するような行為は非道徳的で恥ずべき行為であると認識する必要があります。
7.高揚感が得られるから
7つ目の理由としては、『高揚感が得られるから』になります。
高揚感とは、気持ちが高ぶり、興奮した感覚のことです。
例えば、お化け屋敷やホラー映画、ジェットコースターといったものが好まれるのは、安全が確保された状態での恐怖という刺激により、脳が快楽を得るからと言われています。
人は恐怖や不安を感じたり、興奮や緊張したりすると、それに対応するためにアドレナリンが放出されます。
アドレナリンが放出されると、心臓がドキドキしたり震えたりしますが、その一方で、強い恐怖によるストレスを緩和させるため、人に高揚感や幸福感を感じさせる神経伝達物質であるβエンドルフィンやドーパミンが分泌されます。
βエンドルフィンは脳内麻薬とも呼ばれており、モルヒネ(医療用麻薬)の数倍の効果と言われる強力な鎮痛作用によって苦痛を取り除き、快楽へと変える物質です。
もし、目の前に突然巨大なクマが現れた場合、私達は恐怖を感じますが、この場合は身の危険を感じているので「楽しい」という感情は芽生えません。
しかし、身の危険がないと分かった状態での恐怖であれば、人は「楽しい」という感情が芽生えるのだそうです。
ちなみに、バンジージャンプでは、βエンドルフィンの分泌量が多かった人ほど高揚感が得られたことがわかっているよ。
つまり、恐怖が楽しいか楽しくないかは、個人の快楽物質の差によって決まるということだね。
私達は《ドキドキを味わいたい》・《怖いもの見たさ》といった感情を持ちますが、これは危険ではない恐怖から得られる刺激的な快楽を楽しみたいという気持ちから生まれます。
そのため、自分に危険が及ばないと分かった状態で火災現場や事故現場を目の当たりにした場合、スリリングな刺激によって気持ちが高ぶり、アドレナリンが放出されることによって高揚感が得られるため、野次馬してしまうことが考えられます。
8.話のネタにするため
8つ目の理由としては、『話のネタにするため』です。
日々の生活の中で、テレビで取り上げられるような事件や事故を直接目にすることは人生で数回あるかないかと思います。
もしもそのような場面に遭遇した場合、《SNSに投稿したら反響があるかも》・《友人や家族に教えたらびっくりするぞ》・《皆にどんな状況だったのかを説明したい》などの感情が生まれ、野次馬してしまうことが考えられます。
野次馬は悪いこと?
一般的に野次馬をすることは、「モラルに欠けた行動」や「みっともない恥ずべき行動」として捉えられています。
なぜなら事件や事故は見世物ではないため、被害者に精神的苦痛を与えるだけでなく、救助の妨げになったり交通渋滞を引き起こす原因となったりするためです。
野次馬の心理としては本能に従った行動であることが考えられるため、行動自体には理解ができますが、誰かの迷惑になるかもしれないことを考えると、悪いことと言われても仕方がない行動であると理解しておきましょう。
また、他人のケンカに自らは参戦していなくても、「もっとやれ!」などと野次を飛ばして現場を勢いづけた場合には、「現場助勢罪(げんばじょせいざい)」が成立し、一年以下の懲役、または10万円以下の罰金もしくは科料に処される場合がありますので、注意が必要です。
野次馬の英語表現
野次馬を英語にすると、下記の表現が当てはまります。
『curious onlookers』(野次馬)
『rubbernecks』(物見高い人)
まとめ:野次馬は「おやじ馬」が語源と言われている
- 野次馬には、自分とは直接関係がないことに、興味本位で人の後ろについて騒ぎ立てたり、物見高く見物したりするという意味がある
- 野次馬の漢字は当て字で意味はない
- 年老いた雄馬のことを「おやじうま」と言い、年をとった馬は役に立たないことから、その場にいても役に立たない存在という意味で「おやじうま」と呼んでいたものが、「やじうま」になったと言われている
- 野次馬の類語は、「見物人」や「傍観者」、「高みの見物」など
- 野次馬をしてしまう心理としては、「好奇心が抑えられない」・「話のネタにするため」など、いくつかの理由が考えられる
- 野次馬は被害者に迷惑をかける恐れがあることから、好ましい行動とは言えない
いかがでしたでしょうか。
野次馬は、「おやじうま(年老いた雄馬)」が語源であり、自分とは直接関係がないことに、興味本位で人の後ろについて騒ぎ立てたり、物見高く見物したりすることを意味する言葉ということが分かりました。
野次馬する人の心理を考えると一概に「悪」とは言えませんが、やはり事件や事故は見世物ではないため、見ないようにするのが望ましいですね。
どうしても欲望を抑えられないという方は、自制心を鍛えてみてはいかがでしょうか。
自制心とは、誘惑や衝動に直面した時に自分の意思で行動をコントロールする力のことです。
自制心を鍛えると、感情に流されて行動することが無くなるため、行動による失敗や後悔が少なくなると言われています。
また、感情にまかせて行動していると、最初は罪悪感があったのにもかかわらず、繰り返し行ってしまうことで罪悪感を抱かなくなってしまう状態になったり、欲望がエスカレートしてしまったりする恐れがあります。
まずは行動する前に一呼吸置いて、客観的に自分のことを意識するように心がけてみてはいかがでしょうか。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。