ちはやぶるの意味とは?枕詞や百人一首、ちはやふるとの違いも解説

独楽の写真

皆さんは「ちはやぶる」という言葉を聞いたことがありますか?

「ちはやぶる?ちはやふるじゃないの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。

百人一首の中には、『ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは』という有名な歌がありますが、「小倉百人一首」が登場する大人気競技かるた漫画『ちはやふる』では、「ちはやふる」と清音で用いられています。

そのため、『「ちはやぶる」と「ちはやふる」のどちらの読み方が正しいのか分からない』と困惑されている方が多くいらっしゃるようです。

そこで、この記事では、

  • 「ちはやぶる」の意味
  • 「枕詞」の「千早振る」の意味
  • 「千早」の語源・意味
  • 「ちはやぶる」と「ちはやふる」の違い
  • 百人一首の「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の意味や修辞技法
  • 恋の歌としての「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の意味
  • 古典落語の「千早振る」とは

について分かりやすく解説・紹介していきたいと思います。

「ちはやぶる」の意味とは

巻物のイラスト

まず初めに、「ちはやぶる」は漢字で書くと、「千早振る」と書きます。

「千早振る」は、動詞「千早ぶ(ちはやぶ)」の連体形(上二段活用)とされていて、勢いがあって激しい様子という意味があり、「荒々しい」と表現されています。

また、「ちはやぶる」という言葉は、和歌の『枕詞(まくらことば)』としても用いられていて、百人一首で登場するのは「枕詞」の「ちはやぶる」になります。

枕詞(まくらことば)とは?

メジロのイラスト

まず、「枕詞」というのは、主に和歌で用いられていた修飾語のような役割をする言葉のことで、ある決まった言葉とセットで用いることで『語調を整えたり、情緒を添えたりする役割』があると言われています。

「枕詞」の特徴としては、『5音節以下の言葉であり、ある決まった言葉の直前に来てある決まった言葉を導く役割をする』ということです。

少し分かりにくいと思いますので、枕詞の例をいくつか紹介します。

  • 枕詞「あしひきの」→導かれる言葉「山」・「峰」など
  • 枕詞「からころも」→導かれる言葉「着る」・「裁つ」など
  • 枕詞「しきしまの」→道日がれる言葉「大和」・「日本」など
  • 枕詞「たらちねの」→導かれる言葉「母」・「親」
  • 枕詞「ひさかたの」→導かれる言葉「光」・「空」など

上記の例を基に説明すると、和歌で「母」という言葉がある場合、「母」を導く枕詞は「たらちねの」になりますので、「母」の直前には必ず「たらちねの」が来るということになります。

【例文】
「万葉集(まんようしゅう)」第12巻3102番歌
たらちねの母が呼ぶ名を申さめど道行く人を誰れと知りてか』
「母が私を呼ぶ名を教えてあげたいのだけれど、通りすがりに出会ったあなたをどこの誰とも知りませんので」

「枕詞」については、意味を持たないものが多く、現代語訳に訳す際には『通常枕詞は訳さない』というのが基本となります。

枕詞の「ちはやぶる」の意味・由来とは

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先程も説明しましたが、枕詞は特に意味を持たないため、枕詞の「ちはやぶる」には『特に意味はない』とされています。

枕詞の「ちはやぶる」の後に来る言葉としては、『』や『宇治(うぢ)』があります。

では、なぜ「荒々しい様子」を意味する言葉である「ちはやぶる」が「神」や「宇治」の枕詞になっているのかというと、これには「ちはやぶる」の語源が由来となっているようです。

「ちはやぶる」の語源・由来とは

「ちはやぶる」は、「ち・はや・ぶる」にそれぞれ意味があり、次の3つの意味が組み合わさった言葉と言われています。

ち(霊) 「いかずち(雷)」や「おろち(大蛇)」といった人が畏れ敬うような驚異的な威力や霊的な力
はや(速し) 勢いの激しさ
ぶる(振る舞う) 力を発揮した状態

つまり、驚異的な勢いの激しい力が発揮された状態を「ちはやぶる」と言い、その荒々しく恐ろしい様子から、驚異的な力を持つ『神』が連想されたと考えられています。

「ちはやぶる」と「宇治」の繋がりとは?

では次に、「ちはやぶる」と「宇治」の繋がりについて説明します。

「宇治」というのは、お茶の産地で有名な「宇治」のことですが、
勢力が激しく強大な力を持つ(うぢ)という意味から、同音である「宇治」に「ちはやぶる」をかけるようになったと言われています。
※「氏」というのは、血縁関係のある集団や家柄のことです。

このように、『同音の言葉』が由来となって枕詞が付けられるようになった言葉は他にも存在していて、「いそのかみ」という枕詞は、『「石上(いそのかみ)」という場所に「布留(ふる)」という地名があった』ことから、「降る」や「古る」といった同音の言葉に「いそのかみ」が付けられるようなったと言われています。

ちなみに、「枕詞」の起源は定かではなく、当初は「賛美的な表現」として特定の言葉の前に付けられていたものが、次第に「修飾語のような役割」や「語呂合わせによる言葉遊び」をするものへと変わっていったと考えられています。

「千早(ちはや)」の意味とは

巫女さんの写真

「千早」には、『驚異的な勢いの激しさ』を表す意味があると説明しましたが、巫女(みこ)が神事に奉仕したり、神楽(かぐら)を舞ったりする際に着用する白地の羽織物のことも「千早(ちはや)」と言います。

なぜ千早という名が付けられているのかは定かではありませんが、元々衣装の袖(そで)や袂(たもと)を千早に入れ込んで動作をしやすくするためのものだったと言われています。

昔は模様などは描かれていなかったようですが、近世以降『青摺(あおずり)』と呼ばれる模様が描かれるものも登場し、「鶴・亀・松・蝶」などの美しい模様が山藍で施されるようになったそうです。

「ちはやぶる」と「ちはやふる」の違いとは?どちらが正しい?

百人一首の入った箱の写真

現在、競技かるたの小倉百人一首に登場する「千早振る」の歌は、ちはやぶる」と読むのが一般的です。

一方、講談社の漫画雑誌『BE ・LOVE』で出版され、累計発行部数2500万部突破、映画化・アニメ化までされている人気競技かるた漫画『ちはやふる』(末次由紀作)では、「ちはやふる」と濁音(だくおん)ではなく清音(せいおん)で用いられています。

「ちはやぶる」と「ちはやふる」は、読み方が違うだけで同じ言葉なのですが、いったいどちらの読み方が正しいのでしょう。

実のところ「千早振る」の読み方は「ちはやぶる」・「ちはやふる」のどちらでも良く、どちらも正しいというのが現在の見解のようです。

奈良時代は「ちはやぶる」が主流だった

日本最古の和歌集である『万葉集(まんようしゅう)』には、「千早振」以外にも、「千磐破(ちはやぶる)」や「知波夜布流(ちはやふる)」などと書かれた和歌もあり、万葉集が成立したとみられる奈良時代(710年~794年)には様々な表記がされていました。

読み方については、当時の※万葉仮名から推測するしかなく、「ちはやぶる」・「ちはやふる」のどちらも読まれていたようですが、奈良時代には「ちはやぶる」の方が主流だったと考えられています。

※万葉仮名とは、中国から伝わった漢字を用いて、漢字の音(読み)だけを日本の言葉にあてて用いる「当て字」のようなものです。

平安時代~江戸時代では「ちはやふる」が主流に

平安時代(794年~1185年)以降になると、次第に「ちはやふる」と読むのが主流となり、江戸時代(1603年~1868年)までそれは続いたと考えられています。

江戸時代初期に発行された『日葡辞書(にっぽじしょ)』(日本語をポルトガル語で解説した辞典)には、室町時代(1336年~1573年)~安土桃山時代(1573年~1603年)の語義が掲載されており、「チワヤフル」との表記がされていたそうです。

明治時代~大正時代頃に「ちはやぶる」が主流へ

明治時代(1868年~1912年)になると、「ちはやぶる(ちはやふる)」の語源が動詞の「千早ぶ」ということが長年の『万葉集』研究によって分かってきたことで、『「ちはやぶる」が本来の読み方である』とされたようです。

明治37年(1904年)に初めて開催された「競技かるた大会」では、東京かるた会が考案した「標準かるた」が用いられましたが、ここではまだ「ちはやふる」と清音であったと言われています。

大正14年(1925年)になると、新しく改良された「公定かるた」が使用され、そこで「ちはやぶる」と濁音表記に変わったとされています。

以後、「競技かるた大会」では濁音表記の「ちはやぶる」が採用されていますが、「千早振る」の句が読まれたのは平安時代前期ということもあり、その時代は清音の「ちはやふる」が主流の時代であったため、清音で読んだほうが良いのでは?という意見もあるようです。

百人一首の「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の意味とは

「百人一首」に登場する「ちはやぶる」で有名な歌と言えば、歌人「在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)」が詠んだとされる『千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』になります。

在原業平(ありわらのなりひら)とは

在原業平は、平安時代初期~前期の人物で、『六歌仙(ろっかせん)』や『三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)』といった代表的な歌の名人として選ばれただけでなく、絶世の美男子かつプレイボーイで、とても女性に人気があったとされています。

また、『伊勢物語(いせものがたり)』の主人公は在原業平がモデルと考えられており、「伊勢物語」では「昔、男ありけり」で始まることが多いことから、「昔男(むかしおとこ)」と言えば在原業平のことを表すそうです。

「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の読み方や現代語訳

では、まずは「読み方」と「現代語訳」を確認してみましょう。

【原文】
 『千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』

【読み方】
 「ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ(は) からくれない(ゐ)に みずくくるとは」

【現代語訳】
 『神々の時代でも聞いたことがない竜田川が水を鮮やかな紅色にくくり染めにするとは

ちなみに、この「千早振る神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」という歌は、『古今和歌集(こきんわかしゅう)』や『伊勢物語』にも掲載されています。

「古今和歌集」の但し書きには、屏風(びょうぶ)に描かれた、竜田川に紅葉が流れている様子を題材として詠んだ歌とありますが、「伊勢物語」の中では、『竜田川に出かけ、実際に情景を見て詠んだ歌』とされているようです。

では、在原業平が詠んだ「ちはやぶる」の歌について上の句と下の句に分けて詳しく意味を解説していきます。

上の句「千早振る神代も聞かず竜田川」の意味を解説

千早振る
「千早振る」は「神」の枕詞になりますので、意味はありません

神代も聞かず
「神代(かみよ)」とは、日本神話において「神様達がこの世を治めていた時代」という意味がありますので、「神代も聞かず」は、『神様達がこの世を治めていた時代にも聞いたことがない』となります。

では、どのようなことを聞いたことがないのかというと、「竜田川からくれなゐに水くくるとは」の部分で説明がされています。

竜田川
「竜田川」というのは、奈良県生駒市(いこまし)から平群町(へぐりちょう)へと続き、斑鳩町(いるかがちょう)内で「大和川(やまとがわ)」へ合流する一級河川のことで、紅葉の名所として有名な場所でもあります。

下の句「からくれなゐに 水くくるとは」の意味を解説

からくれなゐに
「からくれなゐ」は、「韓紅」や「唐紅」とも書きますが、『紅花(べにばな)で染めた鮮やかな紅色』のことを表しています。

水くくるとは
この歌での「くくる(括る)」というのは、『くくり染め』のことを言います。

「くくり染め(絞り染め)」は、布のところどころを糸でくくりつけて染色をしない場所を作り、白地の部分で模様を作る染色法の一つです。

竜田川を流れるたくさんの紅葉によって、水がくくり染めされた鮮やかな紅色の布のように見えたことから「からくれなゐに水くくる」という表現が用いられています。

「ちはやぶる」の和歌に取り入れられた修辞技法

修辞技法(しゅうじぎほう)」というのは、『豊かな表現や趣を加えるための表現技法』のことで、「ちはやぶる」などの【枕詞】も修辞技法の一つとされています。

まず、「ちはやぶる」の和歌は、「竜田川」が【歌枕(うたまくら)】となっており、「千早振る神代も聞かず」で一度切れ、「竜田川からくれなゐに水くくるとは」で終わる【二句切れ】の和歌になります。

『歌枕』というのは、和歌の題材とされた名所のことで、「竜田川」と言えば「紅葉」、「吉野山」なら「桜」と、名所ごとにある程度組み合わせが決まっていたようです。

和歌後半の「竜田川からくれなゐに 水くくるとは」という部分では、「竜田川」を主語にして人になぞらえ、「竜田川が水を鮮やかな紅色に染めた」という【擬人法(ぎじんほう)】が用いられて表現されています。

また、竜田川を布に例えている点でも【見立て(みたて)】という技法が用いられていますね。

さらに、和歌最後の「とは」という言葉は、前半の「神代も聞かず」につながるようになっており、通常の文章とは語順を逆にすることで、より相手に強い印象を与えることができる倒置法(とうちほう)】が用いられています。

このように、「ちはやぶる」の和歌には様々な技法が用いられていることが分かりましたが、実はプレイボーイならではの『恋の歌』という説もあります。

「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」は恋の歌?

水に流れる紅葉のイラスト

「ちはやぶる」の歌が『恋の歌』と言われているのは、「古今和歌集」の但し書きにある「二条の后の春宮の御息所と申しける時に、御屏風に龍田河にもみぢながれたる形(かた)をかけりけるを題にてよめる」がポイントになります。

「二条の后(にじょうのきさき)」というのは、清和天皇に入内(じゅだい)した「藤原高子(ふじわらのこうし)」のことです。
※入内とは、正式に天皇の妻と認められ、宮中に入ることを言います。

「春宮(とうぐう)」は、皇太子のこと、「御息所(みやすどころ)」は、天皇の子を産んだ女性を表す言葉です。

まとめると、「二条の后(藤原高子)が皇太子の御息所と呼ばれていた頃」となります。

藤原高子は入内する前、在原業平と恋人関係にありましたが、身分の違いなどからその恋が結ばれることはありませんでした。

そして、藤原高子が天皇の妻となり、皇太子の御息所と呼ばれていた頃、屏風絵に添える和歌を詠んでほしいと在原業平が彼女の邸宅に招かれることとなったと言われています。

「ちはやぶる」の和歌は、その時詠まれた歌であり、在原業平がかつての恋人であった藤原高子へ向けて『思いを忍ばせた歌』と言われるのはそのためです。

恋の歌としての「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の意味

恋の歌としての「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」は、次のように解釈されています。

私の燃える想いが、激しい水の流れを真っ赤に染め上げてしまうほど、今でもあなたをお慕い申し上げております。

「神代」という言葉は、「神々が治めていた時代」=「昔」を意味する言葉になりますので、藤原高子に昔の恋を思い起こしてほしいとの想いを込めた激しい恋の歌であると言われています。

古典落語の「千早振る(ちはやふる)」とは

古典落語(こてんらくご)の中には、「千早振る(ちはやふる)」という演目があります。

古典落語は、落語の中でも「江戸時代から明治・大正時代にかけて作られたもの」を指すことが多いようです。

古典落語の「千早振る」は、百人一首の「千早振る」が登場するお話となっていますので、ご紹介します。

古典落語「ちはやふる」

ある日のこと、博識のため「先生」と呼ばれたご隠居の元に、馴染みの友人「八五郎(愛称はっつぁん)」が訪ねてきた。

『先生、ちょいと教えてもらいたいことがあるんですが…。』
『なんだい?はっつぁん、教えてもらいたいことって。』
『ついさっき、娘に百人一首の在原業平の歌「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の意味を聞かれましてね、でも、わたしにはさっぱり意味が分からず困っていたわけです。そこで、はっと先生の顔が浮かび、先生ならきっと意味を知ってるに違いないと思ったとたん家を飛び出してここまで来てしまったわけでして…。』

と、八五郎は百人一首の和歌の意味を教えてもらうためにここまで来たことを説明したが、ご隠居も和歌の意味がさっぱり分からない。
知らないとなると面目が立たないと思ったご隠居は、内心焦りながらも当然とばかりに話し始めた。

『竜田川とは何のことだと思う?』
『川の名前でしょ?』
『いや違う、大関の名だ。昔、大関の「竜田川」という力士がおったそうだ』
『へぇ、そうなんですね。』
『ある日、竜田川が吉原へ遊びに出かけた際に「千早太夫(ちはやたゆう)」という花魁(おいらん)に一目惚れをした。竜田川は、千早太夫に声をかけたが、千早太夫は力士が嫌いということで竜田川は振られてしまった。
振られた竜田川は、今度は妹分であった「神代(かみよ)」に言い寄った。だが、「あねさんが嫌いなもんは、あちきも嫌いでありんす。」といって聞く耳も持たない。』

ご隠居は奇妙な話を続ける…

『その後、すっかり自信を無くした竜田川は、相撲においても成績不振が続くようになり、力士を辞めて家業の豆腐屋を継ぐことにした。
それから数年がたったある日、女乞食(おんなこじき)が竜田川の店にやってきて「旦那様、少し卯の花(うのはな)を分けてくださいまし…」と言った。
竜田川は、たいそう不憫(ふびん)に思い、その女乞食に卯の花を分けてあげようとした。
だが、よくよく顔を見ると、以前竜田川を振った千早の成れの果てだったわけだ。
千早と分かっちゃ容赦はしない竜田川、持った卯の花を床にぶちまけ千早を外へ突き飛ばした。
千早は井戸の側に倒れ込み、涙を浮かべて自分が悪いとその井戸へ身投げして死んでしまったというわけだな。』

八五郎は、ご隠居の話に「大関までなった男が失恋ぐらいで相撲を辞めますかね?」、「花魁だった千早が数年でそこまで落ちるのはおかしくないですか?」などと、ご隠居が話すたびに尋ねていたが、すっかり自分が質問していたことを忘れていた。

『ところで、歌の訳の話はどうなりました?』
『はぁ?ちゃんと八っつぁん話を聞いてなかったのかい?始めに竜田川が千早に振られたろ?それが【千早振る】、そして妹分の「神代」も竜田川の言葉に聞く耳持たず、これが【神代も聞かず竜田川】よ。』
『ほぉ!』
『それから、千早の成れの果てが訪ねてきたが竜田川は卯の花(おから)をくれなかったってことで千早は井戸の水にくぐって死んじまった。これが【からくれないに水くくる】どうだ分かったか?』
『なるほど…大関竜田川と花魁千早の物語だったってわけですね。あれ?じゃあ、最後の「とは」にはどんな意味があるんです?』
『「とは」かい?【とは】は、千早の本名だった。』

〈終〉

まとめ:「ちはやぶる」は「勢いの激しさ」を意味する言葉

百人一首をする人のイラスト
  • 「千早振る(ちはやぶる)」は、動詞「千早ぶ」の連体形
  • 枕詞としての「千早振る」は、「ちはやぶる」・「ちはやふる」のどちらの読み方でも良く、通常は訳さない言葉
  • 「千早」という言葉には、「驚異的な勢いの激しさ」・「巫女が神事の際に着用する白地の羽織物」といった2つの意味がある
  • 百人一首の「千早振る」の歌は、『神々の時代でも聞いたことがない竜田川が水を鮮やかな紅色にくくり染めにするとは』という意味がある
  • 「千早振る」の歌は、在原業平から藤原高子へ向けた恋の歌ではないかと考えられている

いかがでしたでしょうか。
「ちはやぶる」は、『驚異的な勢いの激しい威力が発揮された状態』を意味することから、「神」や「宇治」を導く『枕詞』として用いられるようになったことが分かりました。

ちなみに、漫画『ちはやふる』は、女子高校生「千早(ちはや)」が仲間と共に「競技かるた」で日本一の称号である「名人・クイーン」を目指す鮮烈青春ストーリーとなっています。

2016年3月19日には実写化され、映画『ちはやふる-上の句-』(前編)が公開となり、主人公「千早」を広瀬すずが演じて話題となりました。

同年4月29日に後編である『ちはやふる-下の句-』が公開された後、再び「完結編」として2018年3月17日に『ちはやふる-結び-』が公開されています。

作品の中で、「ちはやふる」という状態は『軸がまっすぐな高速回転する独楽(こま)のようなもの』だと例えられており、ただ勢いが激しいのではなく、その勢いが『ただ一点だけに集中して安定した状態』を「ちはやふる」というのだそうです。

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。