桜の咲く季節になると、ニュースなどで「花冷え」という言葉を耳にしたことはありませんか?
「花冷え」と聞くと、寒いイメージはできますが、「どのような意味があるのか分からない」といった方も多いのではないでしょうか。
また、「花冷え」の他にも「リラ冷え」という言葉もあるようです。
そこで、この記事では、
- 「花冷え」の意味や起こる原因
- 「花冷え」の時期や特異日
- 日本酒の「花冷え」とは?
- 「花冷え」の使い方(時候の挨拶・結びの挨拶)
- 「花冷え」を季語として用いた俳句
- 「花冷え」と「寒の戻り」の違い
- 「リラ冷え」とは
- 「花冷え」の類語
- 「花冷え」の英語表現
について、紹介・解説していきます。
花冷えの意味とは?
まず、「花冷え」の読み方は、「はなびえ」です。
「花冷え」は、『桜が咲く頃に一時的に寒さが戻ってきて、冷え込むこと』を言います。
なぜ「花」と言えば「桜」を表すの?
一般的に「花見(はなみ)」や「花霞(はながすみ)」など、「花」がつく言葉は「桜」を表しますが、奈良時代(710年~784年)では、「花」と言えば「梅(うめ)」のことを表していたそうです。
その当時、先進国であった中国の文化を取り入れるため、遣唐使(けんとうし)によって、様々な中国の文化が日本に伝わり、生薬として梅が入ってくることとなりましたが、香り高い梅の花は観賞用としてもとても人気があったとされています。
また、中国の貴族の間では、梅の花で花見をする文化があったことから、日本の貴族の間でも梅の花を庭に植え、花見をしながら歌を詠むことが優雅な遊びとなっていたそうです。
平安時代(794年~1185年)になっても、貴族の間で大流行していた梅の花見でしたが、811年のこと、当時の天皇であった嵯峨天皇(さがてんのう)が地主神社の境内に咲いた満開の桜の花に魅了されたことで、翌年の812年に神泉苑(しんせんえん)で地主神社の桜の枝を献上させて花見を行ったことが、桜で花見を行う風習の始まりと言われています。
その後、貴族の間で桜の花で花見をすることが定着していくこととなり、「花」と言えば「桜」を表すようになったとされています。
花冷えが起こる原因とは
なぜ暖かい季節になった後に、再び寒さが戻ってくるのかというと、春特有の気圧配置が理由とされています。
①低気圧の通過が原因
春になると、温帯低気圧である日本海低気圧や南岸低気圧が発生し、発達しながら日本列島を東へと通過します。
この温帯低気圧は南東方向に温暖前線、南西方向に寒冷前線を伴いながら移動するため、温暖前線通過後は南寄りの風が吹き込み暖かくなりますが、その後に訪れる寒冷前線によって北寄りの冷たい風が吹き込むことで再び気温が下がるという現象が起こります。
また、日本海側に発生する低気圧が東に進み、西の大陸側に高気圧、東に低気圧となることで、西高東低の冬型の気圧配置となり、大陸側から冬のような寒気がやってくることも大きな原因です。
特に上空に寒気を伴った寒冷低気圧の場合、強い寒気が日本上空に流れ込み、真冬のような寒さをもたらすことになります。
②移動性高気圧が原因
冬の寒気をもたらしたシベリア気団が弱まり始めると、中国大陸で暖かく乾いた揚子江気団が発達し、上空に流れる偏西風の影響で西から東へと移動し、移動性高気圧となって日本列島を通過します。
この移動性高気圧が通過すると、下降気流が発生して空気が圧縮されるため気温が上がり、雲が出来にくく晴天となりますが、夜になると温められた地面から熱が放射され宇宙空間へと逃げていくことになります。
この放射冷却現象によって夜間の冷え込みが激しくなり、花冷えが起こる原因となるのです。
花冷えを使う時期は?
「花冷え」を用いる時期としては、『桜の咲いている時期』というのがポイントとなります。
一般には『3月下旬~4月上旬』や『春分(3月21日頃)~清明(4月5日頃)』が「花冷え」の時期と言われますが、地域によって桜が咲く時期が違うので、使う時期に悩むという方もいらっしゃるかもしれませんね。
地域ごとに例年の桜の開花時期を紹介しますので、使用する時期の参考にしてみて下さい。
- 九州地方・・・3月20日~3月25日頃
- 中国・四国・近畿地方・・・3月26日~3月31日頃
- 東海地方・・・3月25日頃~3月30日頃
- 関東・甲信地方・・・3月28日頃~4月3日頃
- 北陸地方・・・3月30日頃~4月5日頃
- 東北地方・・・4月11日頃~4月16日頃
ちなみに、沖縄では1月下旬・北海道では4月下旬に桜が開花するため、沖縄・北海道で季節を表す季語として「花冷え」を使用することは好ましくありません。
花冷えの特異日とは?
「花冷え」には、『特異日(とくいび)』と言われる日があります。
「特異日」とは、前後の日に比べて偶然とは思えないくらいの高確率で、特定の気象状態となる日のことを言います。
「花冷え」の特異日は『4月6日』です。
ちょうど桜が満開となる頃の4月6日に、寒さが戻ってくることが多いということですね。
日本酒の「花冷え」とは
実は、日本酒の温度を表す際に、「花冷え(はなひえ・はなびえ)」という言葉が用いられることがあります。
一般には、温かい日本酒を「熱燗(あつかん)」、冷たい日本酒を「冷酒(れいしゅ)」と呼んでいますが、実は日本酒には下記のような細かな温度表現があります。
55~60℃ | 飛び切り燗(とびきりかん) |
50℃ | 熱燗(あつかん) |
45℃ | 上燗(じょうかん) |
40℃ | ぬる燗(ぬるかん) |
35℃ | 人肌燗(ひとはだかん) |
30℃ | 日向燗(ひなたかん) |
20℃前後(常温) | 冷や(ひや) |
15℃ | 涼冷え(すずひえ・すずびえ) |
10℃ | 花冷え(はなひえ・はなびえ) |
5℃ | 雪冷え(ゆきひえ・ゆきびえ) |
0℃ | みぞれ酒(みぞれざけ) |
「花冷え」は、日本酒の『10℃』を表す言葉となっています。
花冷えの使い方【時候の挨拶例文】
「花冷え」は、季節を表す挨拶の言葉である「時候の挨拶(季節の挨拶)」や「結びの挨拶」として用いられています。
「花冷え」を手紙に用いる際には、下記のような使い方をします。
- 『花冷えの候(こう)』
- 『花冷えの折(おり)』
- 『花冷えのみぎり』
- 『花冷えの季節』
「~の候」・「~の折」・「~のみぎり」という言葉は、全て「~の季節」と同じ意味があります。
「時候の挨拶」として用いる場合は、「花冷えの候」から手紙を書き始め、「結びの挨拶」として用いる場合は、手紙の締めの言葉として「花冷えの候」を用いることになります。
では、例文で「時候の挨拶」と「結びの挨拶」で用いる場合をご紹介します。
時候の挨拶(季節の挨拶)
【例文1】
拝啓 花冷えの候、貴社ますますご発展のこととお慶び申し上げます。
【例文2】
拝啓 花冷えの季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
結びの挨拶
【例文1】
花冷えの折、どうぞ体調を崩されませんようご自愛くださいませ。
【例文2】
花冷えのみぎり、皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。
季語としての花冷え
「花冷え」は、『春の季語』としても用いられています。
季語とは、俳句の世界などで用いられる季節を表す言葉のことです。
季語として用いる場合、「花冷え(花冷)」の他、「花の冷え(花の冷)」と詠まれることがあります。
花冷えを用いた有名な俳句を紹介
では、「花冷え」を用いた俳句をいくつかご紹介します。
- 『花冷の汁のあつきを所望かな』
高浜虚子(たかはまきょし) - 『花冷えや尼僧生活やや派手に』
飯田蛇笏(いいだだこつ) - 『花冷の闇にあらはれ篝守 』
高野素十(たかのすじゅう) - 『花冷えや熱き茶碗をもてあそび』
山口青邨(やまぐちせいそん) - 『花冷えやしきりに松へ来る雀』
野村喜舟(のむらきしゅう) - 『花冷に欅はけぶる月夜かな』
渡辺水巴(わたなべすい)
花冷えと寒の戻りの違いとは?
「花冷え」と似た言葉に、『寒の戻り(かんのもどり)』という言葉があります。
「寒の戻り」は、晩春の頃『清明(4月5日頃)~立夏(5月6日頃)の前日』に一時的に戻ってくる寒さを表す言葉です。
「暖かくなった後に戻ってくる寒さ」という意味では、花冷えと同じですが、用いる時期が異なります。
「花冷え」は、「春分(3月21日頃)~清明(4月5日頃)」
「寒の戻り」は、「清明(4月5日頃)~立夏(5月6日頃)の前日」
に用いることになります。
時候の挨拶としての寒の戻り
現在では、晩春の頃に用いられる「寒の戻り」ですが、旧暦では「立春(2月4日頃)を迎えると冬が終わる」(寒の明け)とされていたことから、立春以降に戻ってくる寒さを「寒の戻り」としていたそうです。
そのため、「時候の挨拶」として「寒の戻り」を用いる場合には、『立春(2月4日頃)~2月末』に用いるのが正しい使い方とされています。
また、特に立春を過ぎたばかりの「2月上旬」に用いられることが多い言葉となっているようです。
リラ冷えとは?
「リラ冷え(りらびえ)」という言葉をご存じでしょうか。
「リラ冷え」も「花冷え」ととてもよく似ていて、
『リラ(ライラック)の花が咲く頃に戻ってくる一時的な寒さ』を表す言葉とされています。
「リラ(lilas)」というのはフランス語の名前で、英語では「ライラック(lilac)」という名前のお花です。
「リラ冷え」という言葉は、北海道出身の俳人であった榛谷美枝子氏が作った言葉とされていて、その後、「リラ冷え」という言葉を気に入った北海道出身の小説家渡辺淳一氏によって小説『リラ冷えの街』が出版されたことで、全国的に有名な言葉となったと言われています。
ライラックの花は、『5月下旬~6月上旬』に北海道で咲き誇ることから、北海道のその時期に用いられる言葉となっており、『5月の北海道』を表す「季語」としても使用されています。
花冷えの類語は?
「花冷え」と同じような意味を持つ類語は、下記のものがあります。
- 春寒(しゅんかん)
- 余寒(よかん)
- 寒の戻り(かんのもどり)
「春寒」は、「立春(りっしゅん)」(2月4日ごろ)を迎えた後に再び戻る寒さを表す言葉で、「余寒」は、立春を過ぎても残る寒さを言います。
また、「春寒」・「余寒」は、「花冷え」と同様に『春の季語』です。
花冷えを英語で表現すると?
「花冷え」を英語で表す場合、次のように表現できます。
『return of cold(chilly) weather during the cherry blossom season』
(桜の季節に再び寒さが戻ってくる)
※chillyは、ひんやりとする肌寒さを表す言葉です。
『cherry blossom chill』
(桜の寒冷)
まとめ:花冷えの意味は、桜の咲く頃に戻ってくる一時的な寒さのこと
- 「花冷え」は、西高東低の気圧配置や放射冷却が原因で起こる現象
- 「花冷え」は『3月下旬~4月上旬』に用いられる言葉で、春の季語
- 「花冷え」の特異日は、『4月6日』
- 日本酒の「花冷え」は、温度10℃を表す言葉
- 「寒の戻り」は、晩春の『清明(4月5日頃)~立夏(5月6日頃)』に用いられる言葉で、時候の挨拶として用いる場合は『立春(2月4日頃)~2月末』に用いられる
- 「花冷え」の類語は、「春寒・余寒・寒の戻り」があり、北海道には「リラ冷え」という言葉がある
いかがでしたでしょうか。
「花冷え」の花は桜を表し、桜の咲く春の季節に一時的に冷え込むことを表す言葉ということが分かりました。
ちなみに、「花=桜」を表す言葉はたくさん存在していて、「花曇り(はなぐもり)」・「花嵐(はなあらし)」・「花時(はなどき)」・「花明かり(はなあかり)」などの美しい言葉があります。
日本は、桜が国花(こっか)の一つとなるほど国民に愛され、国の象徴とされているお花ということからも、桜を由来とする言葉が作られるのも納得ですね。
日本の桜のように、国中で待ちわびる花は世界的にはあまりないそうです。
春の季節に華やかに咲き誇り、あっという間に散ってしまう桜は、昔から生と死の象徴とされるほど、そのはかなさが人々の心を引きつける要因と言われています。
花冷えが起こると、桜の生長がゆっくりと進み長く楽しめるとされていますので、花冷えを望む声も聞かれることがあるかもしれませんね。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。